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梅原大吾「勝ち続ける意志力」書評

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https://www.amazon.co.jp/dp/4098251329

 日本で最初の、そして恐らく一番有名なプロ格闘ゲーマーである梅原大吾氏による自伝的書籍。その内容はもちろん格闘ゲームに関する記述が多いが、細かい攻略情報や戦略論を述べている訳ではなく、むしろ対人勝負におけるパフォーマンスをベストに保つ方法について書いてある。なかなか読み応えがあって、なるほど人生の攻略本という宣伝文句も頷ける。

成長中毒

 本書を読んで驚かされるのは、梅原氏の徹底した態度、言ってしまえば成長中毒ともいうべき自己研鑽への情熱である。大事なのは成長し続けること、そのために常に変化を求め、勝負の結果にこだわらず淡々と努力をし続ける。

 本書において重ねて強調されることは、とにかく変化し続けることが大事で、その結果や、更にいえば目標設定の巧拙なども問わないという点である。

普通、人はこっちの方向に何かあるはずだと当たりをつけて進むものだと思う。しかし、僕の場合は自分の足で全方向に歩くようにしている。正解がどちらの方向にあるのか、迷う必要すらない。すべての方向を探り尽くすからどこかで必ず正解が見つかるのだ。(74p)

 

自分を変えるとき、変化するためのコツは、「そうすることで良くなるかどうかまで考えない」ということだ。もし悪くなったとしたら、それに気づいたときにまた変えればいい。とにかく、大事なのは変わり続けることだ。良くなるか悪くなるか、そこまでは誰にも分からない。しかし経験から言うと、ただ変え続けるだけで、最終的にいまより必ず高みに登ることができる。(99p)

 

しかし、間違った階段を登ったと気がついたら、スタート地点まで引き返して、もう一度違う階段を登ればいいだけの話である。一番良くないのは、どの階段を登れば迷っている状態が延々と続くことだ。階段の下で正解を吟味し思い悩んでいるだけの人間よりも、間違った階段でもいいからとりあえず登っている人間の方がはるかに上達が早いと思う。(248p)

 この態度はもはや科学者や求道者のようでさえある。あえて悪く表現すれば総当り的だ。しかしこのような考え方は、何かを初めたいけれども不安で足踏みしている人、何か決断をしたけれどもそれが正解だったか迷い続けている人には力強く響くのではなかろうか。

 このような網羅的な試行錯誤を繰り返した梅原氏は、「10の強さ」(一般的な努力で到達できるライン)を超えた11や12の強さ(常人を超えた強さ)を得られるという。その自信を得られた瞬間が幸せだから、その一瞬の快楽に向かって迷いなく苦労を続けていけると述べている。

 以下、個人的に印象に残った箇所を引用する。梅原氏の絶対の自信が伺える文だ。

僕はこれまで頭の回転が速く、要領が良く、勢いに乗っていると思われる人間と何度も戦ってきたが、ただの一度も負ける気はしなかった。(中略)何も考えずに、自分のセンスと運だけを頼りに歩いてきた人間と対峙すると、相手の動きがチャラチャラと軽く見える。性根が定まっていないこと、さらには綿密な分析に基づいた動きでないことに、すぐに気がつくのだ。(59p~60p)

 恐らく梅原氏は、人生に求める幸福(快楽といってもよいだろう)の閾値がすごく高いのだと思う。中途半端なそれ、人と同じようなそれでは満足できない。そしてこれは多くのトップアスリートに共通する性質でもあると思う。

 本書では、梅原氏の人生において中高生時代に進路に悩んだ経緯が書かれているが、それもこういう性質に依るものだろう。どれだけ苦しんでも、遥かな高みにある究極の快楽に到達しなければ気が済まない。そして様々な経験の結果、それに到達する一番の近道は毎日努力を積み上げていくことだと心得、実践している。このような人間が勝負強くない訳がない。

トップアスリートでい続けたいか

 もちろん、このようなストイックな態度が万人向けのものでないことは梅原氏も自覚している。

友人関係に恵まれていて、自分に合った仕事があって、毎日の生活が充実していると感じるのなら、あえて厳しい道を歩むことはないだろう。(中略)もちろん、現在の状況を変える必要のない人もいれば、変えられない人もいるだろう。だから、口が裂けても全員に楽をするな、険しい道を歩めとは言わないし、思わない。(70~71p)

 

さすがに、すべてのゲーマーに僕と同じ道を歩め、とは言えない。その道がどれだけ苦しく、つらいものであるかは誰よりも僕が一番知っている。(120p)

 梅原氏のいう努力の仕方はトップアスリートの為の、というか、トップアスリートを目指すための努力を淡々と続けることが苦にならない人の為のものである。そして、何かの大会を一点突破するための方法論ではなく、パフォーマンスを維持し続けるために毎日の努力を要求するものである。一言で言えば成長中毒者の為のものだ。これはこれで相応の才能が要るのでは……と思ってしまう。数年単位の間違った努力も、間違っていたことがわかるだけで収穫である、というのがウメハラ流だが、実際はそのように能動的に環境を変えて、集中的に取り組んで、ダメだったらスッパリ気分転換をする、ということを意識的に行える人間はそれほど多くないように思われる。

 まあ、だったら現状の環境で死ぬまで思い悩んで我慢してくださいというのも酷なので、やはりどこかで努力が必要なのだろうけど……。だとしたらやはり、本書で重要視されているとにかく変化するということが人生の真髄なのかも知れない。程度の差はあれ。

 あなたが自分を成長中毒者だと認めるならば、この本は人生必携の書になるかもしれない。そこまでストイックでない場合でも、何かの選択で思い悩んでいる人には上に述べたようなこと(間違っていても変化することが大事)が励ましになるかもしれない。あなたが仕事に満足している勤め人で、土日と連休が生きがい! この生活が定年まで続いて欲しい! と思うようなタイプならば、多分本書は合わない、というか読む必要がない。

Mリーグがあれば……

 以下、完全な余談。梅原氏は一度格闘ゲームで挫折した後、麻雀で頑張っていこうとしたが、それも挫折している。ここでいう挫折とは、技術的なものではなく、長くこの業界にいても未来がなく、いつかは前向きに競技と向き合えなくなるのではないかという不安によるものだ。最終的には梅原氏はスポンサー契約を結びプロゲーマーとなるが、それは麻雀の挫折と介護の仕事を経た後の、eスポーツの盛り上がりを待たなければならなかった。

 本書では麻雀をやめた経緯についてあまり詳しく書かれていないが、筆者(ブログ主)が持っている麻雀界の知識を基になんとなく想像を巡らせてみよう。

 梅原氏が麻雀に関わっていたのは2004年~2007年の3年間だ。その時も麻雀にはプロ団体というものはあったが、給料がもらえるプロではなく、むしろ在籍することに対して料金を払う(それによってタイトルの挑戦権が与えられる)というものだ。まあ「プロになって食う」というのは麻雀に関して言えば、その見通しはかなり厳しいものだった。

 それとは別に、梅原氏は雀荘で仕事をしていたそうだが、それはつまりギャンブルやそれにまつわるトラブルと隣合わせの生活をしていたことを意味する。ここら辺は表では一切言及できない部分だが、本書にある「麻雀は人に恨まれることもある」という記述からは、勝手ながらそちら方面の辛さを想像してしまう。

 選手に給料を払うという意味でのプロの誕生は、2018年のMリーグ発足を待つ必要がある。もし梅原氏が麻雀に打ち込んでいる時に、Mリーグのようなものがあれば、梅原氏も前向きに麻雀プロを目指せたかもしれないな、となんとなく思ってしまう。